り]
月夜の蟋蟀の声を金鈴銀鈴と聞く心持からその栖家が「金の家銀の家」となるので、交感神経による音感と視感との交錯である。花草の原は少し未熟だが月夜蟋蟀の造語は成功してゐる。(造語ではなく昔の人の使ひ古した言葉かも知れないが)
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正月の五日大方人去りて海のホテルの廊長くなる
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正月休みで雑沓してゐた海浜ホテルも五日になれば大方引上げて客が疎らになつた、そのために廊下が長くなつたやうな気がする。この感覚は清少納言の持つてゐたもので、また優れた多くの詩人の生れながらに持つてゐる所のものである。我が国でも芭蕉、蕪村、一茶近くは漱石先生など持ち合せて居たが、不幸歌人中には一人も見当らない。
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風吹けば馬に乗れるも乗らざるもまばらに走る秋の日の原
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之を写生と見たいものは見ても宜しいが、私は広い草原に野分だつた風の吹いて居る心持を人馬の疎らに走る象によつてあらはした一種の象徴詩だと思ふ。私は少年の日多分二百十日の頃だと思ふが寛先生に連れられて渋谷の新詩社を出て玉川街道を駒沢辺まで野分の光景
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