り]

 サアカスの娘の歌である。昔我々は天地人間あらゆるものを歌つてやらうとした事があつた。この歌などもその試みの一つであるが、その後いつしかさういふ企てもやんでしまつたので、落し種ででもあるやうにぽつねんと今に残つてゐるのである。しかし眼前の小景や日常茶飯事を詠む許りが歌の能でもあるまい。大に眼を開いて万般の事象特に人間界の種々相に歌材を求める時代がその内には来ようから、この歌などもさういふ際には好個の御手本とならう。この歌の姉妹歌がもう一つある。曰く 兄達は胡桃を食らふ塗籠の小さきけものの類に君呼ぶ

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沙川の大方しみて海に出づ外へ流るる我が涙ほど
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 遠浅の沙浜を歩いてゐると川の水の大部分は沙にしみ込みその末が僅に海に落ちるのを渡ることがよくある。由井が浜にもあつたやうだ。私の泣くのをこの頃人はあまり見かけないであらうが、それは涙が外へ流れないからである。水が沙にしむ様に中へしみ込んでしまつて外に出ないから人の目に触れないだけのことである。

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花草の原のいづくに金の家銀の家すや月夜蟋蟀
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