分から進んで歌ふことは余りなかつたことと思はれるが、作者は臆する処なく幾度か歌つてゐる。その時流れた涙の温度をノスタルジアのそれに比して明かにしてゐる。之亦生命の記録の一行として尊重さるべきであらう。

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夕明り葉無き木立が行く馬の脚と見えつつ風渡るかな
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 疎らな冬木立に夕明りがさして歩いてゆく馬の脚の様に思へる、そこへ風が吹いて来て寒むさうだ。馬の脚などといふとをかしい響きを伴ふのでぶちこわしになる恐れのあるのを、途中で句をきつてその難を免れてゐる所などそんな細かい注意まで払はれてゐる様だ。

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緋の糸は早く朽ち抜け桐の紋虫の巣に似る小琴の袋
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 家妻の為事に追はれ何年か琴など取り出して弾いたこともない。大掃除か何かで偶※[#二の字点、1−2−22]取り出されたのを見ると、縫ひ取つてあつた緋の糸は朽ち抜け桐の紋などは虫の巣の様になつてゐる。歳月の長さが今更思はれるといふ歌である。之より先楽器の袋を歌つた歌がも一つある。それは 精好《せいがう》の紅《あけ》と白茶の金欄の張交箱に住みし小鼓 
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