ずもがな東京の灯を目に置かずあるよしもがな など云ふのがあつて余程寂しかつたものに違ひない。何しろ荻窪の草分けで、東京へ通勤するものなどは一人も居なかつた時代のことであるから肯かれる。その寂しい思ひ出のある武蔵野に一人取り残されたのである。

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みくだもの瓜に塩してもてまゐる廊に野馬嘶く上つ毛の宿
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 胡瓜をむいてそれに塩をふりかけ、みくだものとして恭しく献上に及ぶ、その廊下には塩でも嘗めたい風に放牧の野馬が遊びに来て人なつかしく嘶く、これが上州の一宿屋の風景であるといふのであるが、これも赤城山上青木屋のそれであらう。

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思ひ出は尺取虫がするやうに克明ならず過現無差別
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 思ひ出といふものは尺取虫が尺をとりつつ進む様に規則正しくそれからそれと遡つたり又はその逆に昔から順を追つて思ひ出すなどといふものではない。過去現在一切無差別に一度に出て来て頭を混乱させる、それが今の私を苦しめる思ひ出[#「思ひ出」は底本では「思ひ出で」]の実態である。

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泣寝してやがてその儘|寝死
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