、その数は少いが健康時の作の持たぬ濃いニユアンスを持つのはその処である。この歌もその一つで、渋を抜く為に温泉に浸されてゐた柿の色が強く印象に残つてゐたものと思はれてこの歌が出来たのであらう。作者が笹の湯に遊んだのは十四年頃で 逞しき宿屋の傘を時雨やみ大根の葉へ我置きて行く などその時も多数の作が残つてゐる。
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紫の我が世の恋の朝ぼらけもろての上の春風薫る
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久しくあこがれてゐた恋がいま成就しようとしてゐる、その時の心を、かぐはしい朝の春風がもろ手の上にをどるといふ境に具象した歌であるが、こんな歌さへ晶子以前には決してなかつただらう。因に紫といふ色は晶子好みとでもいふべき色で、著る物なども多くこの色で染められ晩年まで変らなかつたといふことである。
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友帰り金剛峰寺の西門の入日に我をよそへずもがな
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常に吟行を共にした御弟子の近江滿子さんが一人高野山に登られたのを病床で想像しながら詠まれた歌の一つ。何れ死ぬのであらうが死ぬ事はやはり淋しい事だ。そんな事は思ひたくないといふ感じを西門の入日
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