は地に帰す(礼記)とあつて古くは少し違つてゐるが、道教では精神を亡びる魂と亡びざる魄との二つに分けて魄は亡びないことになつてゐる。私は既成宗教を信じないからそんなことは如何でもよいが、この道教の言ひ分は俗身に入り易く信じ易い、そこで魄は亡びないといふことにしてそれだけでも帰つて貰ひたい。どんなに喜んで私はそれを迎へることだらう。
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椿散る紅椿散る椿散る細き雨降り鶯鳴けば
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これは音楽である。春雨と鶯と椿とを合せるトリオである。唯その中では椿が飛び出して甲高い音を出してゐるわけで、それが頗る珍しい歌である。
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いつとても帰り来給ふ用意ある心を抱き老いて死ぬらん
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心の赴くままに矩を越えざる哲人の境地はやがて寂しい我が家刀自の境地でもあつた。女史晩年の作の秀れて高い調子は斯る境地から流れ出す自然の結果で、諸人の近づく能はざる所以も亦ここに存するのであらう。
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紫の蝶夜の夢に飛び交ひぬ古里に散る藤の見えけん
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ドガの描いたバレエの踊り子の絵を思ひ出して下さい。その踊り子達が絵の中から抜け出して舞台一面に踊り出したら、この歌の紫の蝶の飛び交はす夢の様な気分になるかも知れない。(ほんとうの踊り子は俗で駄目だ。)又古里に散る藤の見えけんと言つても上の夢の説明ではありません、別の夢を並記して色彩の音楽を続けたまでの事です。何の意味もありはしない。音楽の中から意味を探すこと丈はしない方が賢明だ。
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亡き魄の龕と思へる書斎さへ田舎の客の取り散らすかな
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寛先生の葬儀当時の有様は雑誌「冬柏」を見れば窺はれるが、文壇から退かれて久しい割には極めて賑やかに進行し従つて采花荘[#「采花荘」は底本では「菜花荘」]の混雑も一通りではなかつた。先生の書斎だらうが何だらうが客で溢れてゐた。その際は仕方がないとしてもあとから出て来た人達の内誰かが多少の不行儀を繰り返したかも知れない。こんな歌の残つたことは少し残念だが、実はそれほどの事はなかつたやうだ。之は前記吉田さんの詩中にある「龕」といふ字を詠み込む為に作られた歌だからである。私はさう思つてゐる。しかし事実は如何であらうと、歌としては実に面白い歌だからここにも抜くのである。
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浅ましく涙流れていそのかみ古りし若さの血はめぐりきぬ
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枕言葉などいふのんきなものを我々はめつたに使はなかつたが、この石の上だけは晶子さんが時々使つた。オオルドミスといふ程でもない古女の場合が考へられる。恋など再びしようとは夢にも思つてゐなかつた古女が、人の情にほだされてうかうか近づいて行つたが、或日その人の告白と強い抱擁とに逢つたやうな場合ではないか。止め度もなく涙が流れ出る一方久しく眠つて居た昔の若い血が突然目を覚まして心臓から踊り出す。涙はいよいよ流れて止まない。そんなことではないかと思ふが如何であらうか。
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我死なず事は一切顛倒す悲しむべしと歎きしはなし
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昭和九年正月雪の那須で病まれた夫人は一時相当の重態であつたらしく、寛先生は痛心の余り血を吐く様な歌を沢山詠んで居られる、この悲しむべしと歎くといふのがそれである。例へば 妻病めば我れ代らんと思ふこそ彼の女も知らぬ心なりけれ 我が妻の病めるは苦し諸々に我れ呻《うめ》かねど内に悲む 世の常の言葉の外の悲しみに云はで守りぬ病める我妻 など殆ど助からない様な様相を一時は呈したらしい。その時死ぬべきであつた私が死なずに事は一切顛倒し、歎いたものが逆に歎かれるものになつた不思議な運命を直截簡明に抒し去つたものだが、純情に対する純情の葛藤であるから人心を打たずには置かない。
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これ天馬うち見るところ鈍の馬埴馬の如きをかしさなれど
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これ作者の自負であらう。作者は若くしてその異常な本分を発揮した為世間も早くから天才女と認めて清紫二女に比べ、自分もそれを感じてゐた。しかし一面美しくもなし、話は下手だし、字は拙し(後には旨くなつたが)、才気煥発などとは凡そ縁の遠い地味な存在でもある。見た所鈍な馬であり埴馬の様なをかしい馬だが[#「だが」は底本では「だか」]、これでも一度時至れば空をゆく天馬になれるのだ。あんまり見くびつて貰ひ度くないといふのであらう。何か憤る所でもあつて発したものであらう。
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在《ま》し在さず定かならずも我れ思ひ人は主人《あるじ》の無しとする家
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この家の主人は死んでしま
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