魔のひととき
原民喜
魔のひととき
尾花の白い幻や たれこめた靄が
もう 今にも滴り落ちさうな
冷えた涙のわきかへる わきかへる
この魔のひとときよ
とぼとぼと坂をくだり径をゆけば
人の世は声をひそめ
キラキラとゆらめく泉
笑まひ泣く あえかなる顔
外食食堂のうた
毎日毎日が僕は旅人なのだらうか
驟雨のあがつた明るい窓の外の鋪道を
外食食堂のテーブルに凭れて 僕はうつとりと眺めてゐる
僕を容れてくれる軒が何処にもないとしても
かうしてテーブルに肘をついて憩つてゐる
昔、僕はかうした身すぎを想像だにしなかつた
明日、僕はいづこの巷に斃れるのか
今、ガラス窓のむかふに見える街路樹の明るさ
讃歌
濠端の鋪道に散りこぼれる槐の花
都に夏の花は満ちあふれ心はうづくばかりに憧れる
まだ邂合したばかりなのに既に別離の悲歌をおもはねばならぬ私
「時」が私に悲しみを刻みつけてしまつてゐるから
おんみへの讃歌はもの静かにつづられる
おんみ最も美しい幻
きはみなき天をくぐりぬける一すぢの光
破滅に瀕せる地上に奇蹟のやうに存在する
おんみの存在は私にとつて最も痛い
死
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