りと板の上に身を横たへる。ぐつたりとして、かすかに泣きたいやうな熱いものが、……僕はぐつたりと板に横たはつてゐるのだ。
 と、暗闇のなかにある堅い板の抵抗感が、僕に宿なしの意識を突きつける。僕はそつと板の感触をはづし、軽く軽く、できるだけ身を軽く感じやうとしてゐる。が、どうしても、ぐつたりとしたものが僕を押しつけてくる。
 ふと僕はさつきから、何か小さな、ぼんやりした光を感じてゐたやうな気がする。見ると、その光はたしかに回転窓の三インチばかりの隙間のところから射して来るのだ。僕はだんだん不思議な気持がしてくる。たしかに、あれは星の光なのだが、どうしてたつた一つの星があんな遙かなところから、こんな小さな隙間に忍び込んで来ることができるのか。今夜のやうに、どんよりとした空に、今の時刻を選んで、僕の方に瞬きだすことができるのか。この小さな光はまるで無造作に僕のところへ滑り込んできて何気なく合図してゐる精霊のやうなのだ。……今、僕の眼の前には、昼間の、あの靄を含んだ柔らかい空気が顫へだす。地の果てにある水晶宮のキラキラした泉の姿が……。
 僕はお前の骨壺を持つて郷里に戻ると、その時、兄の家で古いアルバムを見せてもらつたことがある。昔の写真のなかから、僕は久し振りに懐しい面影を見つけた。僕が少年の頃、死別れた姉の写真であつた。こんな優しい可愛い娘さんだつたのかと、僕はそんな女のひとがこの世に存在してゐたことを不思議に思ひ、僕がその女の弟であつたことまで誇らしく思へた。姉は結婚して二年目に死んだのだから、娘さんとは云へないだらうが、僕の目にはあまりに可憐で清楚なものが微笑みかけ、それが柔かく胸を締めつけるやうであつた。僕は大切にその面影を眼底に焼きつけておいた。
 それから僕はときどき、こんな想像に耽けりだした。もしも死んだお前が遙かな世界を旅してゐるのであるなら、どうか僕の死んだ姉のところを訪ねて行つて欲しいと。だが、この祈願は、今ではかなへられてゐるのではないかと思ふ。僕は、眼もとどかない遙かなところで、お前と僕の姉との美しい邂逅を感じることが出来るやうだ。
 お前と死別れて一年もたたないうちに、僕は郷里の街の大壊滅を見、それからつぎつぎに惨めな目に遇つて来てゐるが、僕にはどこか眼もとどかない遙かなところで、幸福な透明な世界が微笑みかけてくる瞬間があるやうだ。
 僕の姉は僕
前へ 次へ
全14ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング