があるらしく大勢の人が集まつてゐた。彼は階段を昇つて、その講堂が見下ろせるところにやつて来た。すると、そこには下の光景を眺めるために集まつてゐる連中がゐたので、彼もその儘そこへとどまつてゐた。下の講堂では芸術家らしい連中が卓を囲んでビールを飲んでゐた。そして、ステージでは今、奇妙な男女の対話が演じられてゐた。その訳のわからない芝居が終ると、今度は唖のやうな少年がステージにぽつんと突立つてゐた。
「この弟は天才ピアニストですが、そのかはり一寸した浮世の刺戟にもこの男のメカニズムはバラバラになるのです」
 紹介者がこんなことを云ひだしたので、おやおや、新びいどろ学士がゐるのかな、と彼は思つた。やがて、ピアノは淋しげに鳴りだしたが、場内はひどく騒然としてゐた。
「即興詩を発表します、題は祖国。祖国よ、祖国よ、祖国なんかなあんでえ」誰かがこんなことを喚いてゐた。そのうちに、レコードが鳴りだすと、みんな立上つて、ダンスをやりだした。
「おーい、みんな降りて来い」下から誰かが声をかけると、彼の周囲にゐた連中はみんな講堂の方へ行きだした。彼もついふらふらと何気なくその連中の後につづいた。そこはもう散
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