壊れてゐるのが目につく。忽ち新びいどろ学士の興奮状態が描かれるのであつた。
 夜学の生徒たちも、腹が空いてゐるとみえて、少しでも早く授業が了るのを喜んだ。学校が退けて、彼が電車で帰る時刻は、どうかすると、買出戻りの群とぶつつかる。その物凄い群の大半は大井町駅で吐出されるが、あとの残りは大森駅の階段を陰々と昇つて行く。真黒な大きな袋の群は改札口で揉み合ひながら、往来へあふれ、石段の路へぞろぞろと続いて行く。「かういふ光景をどう思ふか」と、あるとき彼は新びいどろ学士を顧みて質問してみたが、相手は何とも答へてくれないのであつた。……ある時も大森駅のホームで、等身大の袋を担はうとして、ぺたんと腰をコンクリートの上に据ゑながら、身を反り返してゐる女を見かけた。彼はその女が立上れるかどうか、はらはらして眺めてゐたが、うまく起上つたので、「あれは何といふ物凄い力なのだらう」と、彼は彼の新びいどろ学士に話しかけてみた。が、やはり何とも答へてくれないのであつた。
 ある日、彼は文化学院に知人を訪ねて行つたが、恰度外出中だつたので、暫く待つてゐようと思つて、あたりをぶらついてゐると、講堂のところに何か催し
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