するつもりなのだ」
「近いうち東京へ出たいと思つてゐる」
彼は兄の追求を避けるやうに、かう口籠るのであつた。「いつまであそこへ迷惑かけてゐるつもりなのですか。もう大概何とかなさつたらいいでせうね」――彼と一緒に次兄の家で一時厄介になつてゐた寡婦の妹からこんな手紙が来た。……
「誠がよくやつてくれるのよ、お母さんが愚痴云ふと躍気になつて、それはそれは何でもかでも引受けたやうな口振りで、一生懸命やつてくれるよ」
川口町の姉は彼の顔を見ると、息子のことを話しだした。父親と死別れたこの中学二年生の少年は急に物腰も大人じみてゐたが、いつの間にか物資の穴とルートを探り当てて、それを巧みに回転さすのだつた。さうして得た金では屋根を修繕させたり、鱈腹飯を食べたり、闇煙草を吸ふのであつた。彼は殆ど驚嘆に近い気持で、十六歳の甥を眺めた。かうした少年は、しかし、今いたるところの廃墟の上で育つてゐるのかもしれなかつた。
彼が漫然と上京の計画をしてゐると、モラトリウムの発表があつた。一体どういふことになるのか見とほしもつかないので、廿日市の長兄の許へ行つてみた。「君のやうに政府の打つ手を後から後から拝んで行く馬鹿があるか」と長兄は彼を顧みて云ふ。何のことか彼にはよく分らなかつたが、「ははん」といふ嘲笑が耳許でききとれた。
大森の知人から「宿が見つかるまでなら置いてやつてもいい」といふ返事をもらふと、彼は必死になつて上京の準備をした。転入禁止も封鎖も大変な障碍物だつた。それをどう乗越えていいのか、てんで成算もなかつたが、唯めくら滅法に現在ゐる処から脱出しようとした。
「荷造なんか、あんた自分でおやんなさい」村の運送屋は冷然と彼の嘆願を拒まうとした。
「荷を預つておいても集団強盗が来るから駄目ですよ。持つて帰つて下さい」駅の運送屋は漸くの思ひで運んで来た荷を突返さうとした。
広島発東京行の列車なら席があるだらうと思つて、彼がその朝、広島駅のホームで緊張しながら待つてゐると、その列車は急に大竹からの復員列車になつてゐた。どの昇降口の扉も固く鎖ざされ、乗るものを拒まうとしてゐた。彼は夢中で走り廻り、漸く昇降口の一隅に身を滑り込ますことが出来た。滅茶苦茶の汽車だつたが、横浜で省線に乗替へると、彼は窓の外を珍しげに眺めてゐた。焼けてゐるとはいつても、広島の荒廃とはちがつてゐるのだつた。
東
前へ
次へ
全14ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング