唸りが、電燈の点かない二階にゐてはつきりと聞える。家が吹飛ばされるかもしれないといふので、階下にゐる次兄達や妹は母屋の方へ避難して行つた。私はひとり二階に寝て、風の音をうとうとと聞いた。家が崩れる迄には、雨戸が飛び、瓦が散るだらう。みんなあの異常な体験のため神経過敏になつてゐるやうであつた。時たま風がぴつたり歇むと、蛙の啼声が耳についた。それからまた思ひきり、一もみ風は襲撃して来る。私も万一の時のことを寝たまま考へてみた。持つて逃げるものといつたら、すぐ側にある鞄ぐらゐであつた。階下の便所に行く度に空を眺めると、真暗な空はなかなか白みさうにない。パリパリと何か裂ける音がした。天井の方からザラザラの砂が墜ちて来た。
翌朝、風はぴつたり歇んだが、私の下痢は容易にとまらなかつた。腰の方の力が抜け、足もとはよろよろとした。建物疎開に行つて遭難したのに、奇蹟的に命拾ひをした中学生の甥は、その後毛髪がすつかり抜け落ち、次第に元気を失つてゐた。そして、四肢には小さな斑点が出来だした。私も体を調べてみると、極く僅かだが、斑点があつた。念のため、とにかく一度診て貰ふため病院を訪れると、庭さきまで患者が
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