きを発してゐる、と、すぐその喚き声があの夜河原で号泣してゐる断末魔の声を連想させた。腸を絞るやうな声と、頓狂な冗談の声は、まるで紙一重のところにあるやうであつた。私は左側の眼の隅に異状な現象の生ずるのを意識するやうになつた。ここへ移つてから、四五日目のことだが、日盛の路を歩いてゐると左の眼の隅に羽虫か何か、ふわりと光るものを感じた。光線の反射かと思つたが、日蔭を歩いて行つても、時々光るものは目に映じた。それから夕暮になつても、夜になつても、どうかする度に光るものがチラついた。これはあまりおびただしい焔を見た所為であらうか、それとも頭上に一撃を受けたためであらうか。あの朝、私は便所にゐたので、皆が見たといふ光線は見なかつたし、いきなり暗黒が滑り墜ち、頭を何かで撲りつけられたのだ。左側の眼蓋の上に出血があつたが、殆ど無疵といつていい位、怪我は軽かつた。あの時の驚愕がやはり神経に響いてゐるのであらうか、しかし、驚愕とも云へない位、あれはほんの数秒間の出来事であつたのだ。

 私はひどい下痢に悩まされだした。夕刻から荒れ模様になつてゐた空が、夜になると、ひどい風雨となつた。稲田の上を飛散る風の
前へ 次へ
全32ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング