と、何もない焼跡の堤が一目に見渡せ、ものの距離が以前より遙かに短縮されてゐるのであつた。さういへば、※[#「品の口のかわりに田/糸」、第3水準1−90−24、33−下−14]々たる廃墟の彼方に山脈の姿がはつきり浮び出てゐるのも、先程から気づいてゐた。どこまで行つても同じやうな焼跡ながら、夥しいガラス壜が気味悪く残つてゐる処や、鉄兜ばかりが一ところに吹寄せられてゐる処もあつた。
 私はぼんやりと家の跡に佇み、あの時逃げて行つた方角を考へてみた。庭石や池があざやかに残つてゐて、焼けた樹木は殆ど何の木であつたか見わけもつかない。台所の流場のタイルは壊れないで残つてゐた。栓は飛散つてゐたが、頻りにその鉄管から今も水が流れてゐるのだ。あの時、家が崩壊した直後、私はこの水で顔の血を洗つたのだつた。いま私が佇んでゐる路には、時折人通りもあつたが、私は暫くものに憑かれたやうな気分でゐた。それから再び駅の方へ引返して行くと、何処からともなく、宿なし犬が現れて来た。そのものに脅えたやうな燃える眼は、奇異な表情を湛へてゐて、前になり後になり迷ひ乍ら従いてくるのであつた。
 汽車の時間まで一時間あつたが、日蔭
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