夜具のまま抱へて、暗い廊下を伝つて、母屋の方へ運んで行つた。そこにはみんな起きてゐて不安な面持であつた。その川の堤が崩れるなど、絶えて久しくなかつたことらしい。
「戦争に負けると、こんなことになるのでせうか」と農家の主婦は嘆息した。風は母屋の表戸を烈しく揺すぶつた。太い突かひ棒がそこに支へられた。
翌朝、嵐はけろりと去つてゐた。その颱風の去つた方向に稲の穂は悉く靡き、山の端には赤く濁つた雲が漾つてゐた。――鉄道が不通になつたとか、広島の橋梁が殆ど流されたとかいふことをきいたのは、それから二三日後のことであつた。
私は妻の一周忌も近づいてゐたので、本郷町の方へ行きたいと思つた。広島の寺は焼けてしまつたが、妻の郷里には、彼女を最後まで看病つてくれた母がゐるのであつた。が、鉄道は不通になつたといふし、その被害の程度も不明であつた。とにかく事情をもつと確かめるために廿日市駅へ行つてみた。駅の壁には共同新聞が貼り出され、それに被害情況が書いてあつた。列車は今のところ、大竹・安芸中野間を折返し運転してゐるらしく、全部の開通見込は不明だが、八本松・安芸中野間の開通見込が十月十日となつてゐるので
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