空が低い山の上に展がつてゐたが、長雨に悩まされ通したものの眼には、その青空はまるで虚偽のやうに思はれた。はたして、快晴は一日しか保たず、翌日からまた陰惨な雨雲が去来した。亡妻の郷里から義兄の死亡通知が速達で十日目に届いた。彼は汽車で広島へ通勤してゐたのだが、あの時は微傷だに受けず、その後も元気で活躍してゐるといふ通知があつた矢さき、この死亡通知は、私を茫然とさせた。
 何か広島にはまだ有害な物質があるらしく、田舎から元気で出掛けて行つた人も帰りにはフラフラになつて戻つて来るといふことであつた。舟入川口町の姉は、夫と息子の両方の看病にほとほと疲れ、彼女も寝込んでしまつたので、再びこちらの妹に応援を求めて来た。その妹が広島へ出掛けた翌日のことであつた。ラジオは昼間から颱風を警告してゐたが、夕暮とともに風が募つて来た。風はひどい雨を伴ひ真暗な夜の怒号と化した。私が二階でうとうと睡つてゐると、下の方ではけたたましく雨戸をあける音がして、田の方に人声が頻りであつた。ザザザと水の軋るやうな音がする。堤が崩れたのである。そのうちに次兄達は母屋の方へ避難するため、私を呼び起した。まだ足腰の立たない甥を
前へ 次へ
全32ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング