友の親から、その友達は死亡したといふ通知が来た。兄が廿日市で見かけたといふ保険会社の元気な老人も、その後歯齦から出血しだし間もなく死んでしまつた。その老人が遭難した場所と私のゐた地点とは二丁と離れてはゐなかつた。
 しぶとかつた私の下痢は漸く緩和されてゐたが、体の衰弱してゆくことはどうにもならなかつた。頭髪も目に見えて薄くなつた。すぐ近くに見える低い山がすつかり白い靄につつまれてゐて、稲田はざわざわと揺れた。
 私は昏々と睡りながら、とりとめもない夢をみてゐた。夜の灯が雨に濡れた田の面へ洩れてゐるのを見ると、頻りに妻の臨終を憶ひ出すのであつた。妻の一周忌も近づいてゐたが、どうかすると、まだ私はあの棲み慣れた千葉の借家で、彼女と一緒に雨に鎖ぢこめられて暮してゐるやうな気持がするのである。灰燼に帰した広島の家のありさまは、私には殆ど想ひ出すことがなかつた。が、夜明の夢ではよく崩壊直後の家屋が現れた。そこには散乱しながらも、いろんな貴重品があつた。書物も紙も机も灰になつてしまつたのだが、私の内心の昂揚を感じた。何か書いて力一杯ぶつつかつてみたかつた。
 ある朝、雨があがると、一点の雲もない青
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