お》れてゆくし、何かまだ、惨として割りきれない不安が附纏《つきまと》うのであった。

 食糧は日々に窮乏していた。ここでは、罹災者《りさいしゃ》に対して何の温かい手も差しのべられなかった。毎日毎日、かすかな粥《かゆ》を啜《すす》って暮らさねばならなかったので、私はだんだん精魂が尽きて食後は無性に睡《ねむ》くなった。二階から見渡せば、低い山脈の麓《ふもと》からずっとここまで稲田はつづいている。青く伸びた稲は炎天にそよいでいるのだ。あれは地の糧《かて》であろうか、それとも人間を飢えさすためのものであろうか。空も山も青い田も、飢えている者の眼には虚《むな》しく映った。
 夜は燈火が山の麓から田のあちこちに見えだした。久し振りに見る燈火は優しく、旅先にでもいるような感じがした。食事の後片づけを済ますと、妹はくたくたに疲れて二階へ昇って来る。彼女はまだあの時の悪夢から覚《さ》めきらないもののように、こまごまとあの瞬間のことを回想しては、プルプルと身顫《みぶるい》をするのであった。あの少し前、彼女は土蔵へ行って荷物を整理しようかと思っていたのだが、もし土蔵に這入《はい》っていたら、恐らく助からなか
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