、怪しげな断末魔のうめきを放っていた。負傷者を運ぶ途上でも空襲警報は頻々《ひんぴん》と出たし、頭上をゆく爆音もしていた。その日も、私のところの順番はなかなかやって来ないので、車を病院の玄関先に放ったまま、私は一まず家へ帰って休もうと思った。台所にいた妹が戻って来た私の姿を見ると、
「さっきから『君が代』がしているのだが、どうしたのかしら」と不思議そうに訊《たず》ねるのであった。私ははっとして、母屋の方のラジオの側《そば》へつかつかと近づいて行った。放送の声は明確にはききとれなかったが、休戦という言葉はもう疑えなかった。私はじっとしていられない衝動のまま、再び外へ出て、病院の方へ出掛けた。病院の玄関先には次兄がまだ茫然《ぼうぜん》と待たされていた。私はその姿を見ると、
「惜しかったね、戦争は終ったのに……」と声をかけた。もう少し早く戦争が終ってくれたら――この言葉は、その後みんなで繰返された。彼は末の息子《むすこ》を喪《うしな》っていたし、ここへ疎開するつもりで準備していた荷物もすっかり焼かれていたのだった。
私は夕方、青田の中の径《みち》を横切って、八幡川の堤の方へ降りて行った。浅い
前へ
次へ
全33ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング