たり横《よこた》わっている姿は文楽か何かの陰惨な人形のようであった。鼻孔には棉《わた》の栓《せん》が血に滲《にじ》んでおり、洗面器は吐きだすもので真赤に染っていた。「がんばれよ」と、次兄は力の籠《こも》った低い声で励ました。彼は自分の火傷のまだ癒《い》えていないのも忘れて、夢中で看護するのであった。不安な一夜が明けると、甥はそのまま奇蹟的に持ちこたえて行った。
甥と一緒に逃げて助かっていた級友の親から、その友達は死亡したという通知が来た。兄が廿日市で見かけたという保険会社の元気な老人も、その後|歯齦《はぐき》から出血しだし間もなく死んでしまった。その老人が遭難した場所と私のいた地点とは二町と離れてはいなかった。
しぶとかった私の下痢は漸く緩和されていたが、体の衰弱してゆくことはどうにもならなかった。頭髪も目に見えて薄くなった。すぐ近くに見える低い山がすっかり白い靄《もや》につつまれていて、稲田はざわざわと揺れた。
私は昏々《こんこん》と睡《ねむ》りながら、とりとめもない夢をみていた。夜の燈が雨に濡《ぬ》れた田の面《も》へ洩《も》れているのを見ると頻りに妻の臨終を憶い出すのであった
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