重苦しいものではあったのだが、…………今、彼は比較的塵の少ない空気を胸一杯吸って、三年連添ふた妻と新婚の如き気持で歩けるのだった。正月の馬鹿! 微笑が神楽坂を登る彼の頬に浮かぶ。褄を摘んでしゃなりと歩く芸妓は笑はない。そしてさっきのロボットのやうな三人連れは何処へ消えたのだらう、そんなことは誰も知らない。今、夫妻は閑静な軒並をショー・ウインドーなど眺めながら、ネオンサインのぐるぐる廻るバアの前を素通りして電車道まで来ると型の如く後戻りする。その間横町から芸妓がついと現れては消える。瞰下せば牛込見附の堀はまことに寒さうなのであるが、何処か春らしい潤ひがないとも云へない。彼は立止ってそっと熱っぽい吐息を吐いてみようとした。が、それもめんどくさかったので、妻を促して再び飯田橋駅に帰った。
と、ここでもまた正月らしい風景が待構へてゐた。今、ホームには電気ブランで足をとられた中年の紳士が二人、これはぜんまいの狂ったロボットのやうにガクリガクリと今にも線路へ堕こちさうである。が、腰がふらついてゐる癖に不思議に滑り込まない。彼は痛ましい人生の縮図を見てるやうな気がしないでもなかった。もしかすると、
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