飯田橋駅
原民喜
飯田橋のプラットホームは何と云ふ快い彎曲なのだらう。省線電車がお腹を摩りつけて其処に停まると、なかから三人の青年紳士が現れた。彼等は一様に肩の怒ったオーバーを着て三人が三人ステッキを持って、あの長いコンクリートの廊下を神楽坂方面の出口へと歩いて行く。ガランコロンとステッキが鳴る、歩調が揃ひ過ぎてる、身長がほぼ同じだ、ロボットのやうに揃ひ過ぎてる。何しろ今夜は正月元旦の晩だ。
さて、またここには、その三人の後姿に対って思はず嬉しさうに笑声を洩らした一組がある。何がそのやうに嬉しいのか、もとよりはっきりしない事柄だが、若い夫妻はこれも今夜は世間並に長閑な気分になりきってゐたにちがひない。つまりこの妻を連れたサラリーマンは四五日前忘年会の二次会で、一友と語り合って、僕達は到頭男になったね、と頻りに男らしい感慨に耽ったものだが、今夜も彼は自分が男であることを自覚してそれはとてもいい気持になってゐた。男が男であることは、まさに正月が正月であることと同様に平凡なことだが、彼はその平凡に今や吻と物足りた世間並の気持を味ふ年輩なのだった。
とは云へ彼等の生活は何処でも何時でも
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