この酔ぱらひ達も彼と同じやうに今夜男になったと云ふ感慨で以て泡盛をひっかけたのかも知れない。二人の酔ぱらひはお互に励まし合って明日からの生活を祝福したのかも知れない。だから一方が水道の栓を捻ると、一方が屈み難い腰を無理に屈めて水道の栓に噛りついた。あつ[#「あつ」はママ]、水が散るぢゃないか! 丁度電車が来た。
 電車に乗った夫妻はぢっと澄ましてゐた。夫妻の前に腰掛けてゐる燕尾服の紳士は実に謹厳さうな顔つきであった。その表情は電車の揺れるに従っていよいよ難しさうになって行く。と、到頭来た、紳士は口を開けてべえっと床の上にへどを吐いた。



底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
   1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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