に咽《むせ》びながら、港らしいところへ這入《はい》って行く。ぎっしりと詰った旅客たちの間に挿《はさ》まれ、彼も岸の方へ進んで行くのだが、彼の旅行鞄《りょこうかばん》には小さな袋に入れた糸瓜《へちま》の種が這入っていて、その白い種の姿がはっきりと目にちらついてならない。その上、その種はある神秘な力があって、彼の固疾にはなくてはならない良薬なのだし、それを今持運んでいるということが、かぎりない慰を与えてくれるとともに、何ともいえない不安な気持をそそる。狭い暗い桟橋を渡ったかと思うと更に心細げな路《みち》が横《よこた》わり、つづいてまた水の見える場所に来ている。そうして、暫《しばら》くすると、彼はまたはてしない汽船の旅をつづけているのであった。
――夏の頃、彼は窓の下にへちまの種を蒔《ま》いて、痩土《やせつち》に生長して行く植物の姿を、つくづくと、まるで憑《つ》かれたように眺めていた。繊《ほそ》い蔓《つる》の尖端《せんたん》が宙に浮んで、何かまきつくものをさがしている、そのかぼそいもののいとなみは見ているものの心をうっとりとさせるのであったが、どうかするとかすかな苦悩をともなって来るのでも
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