めているようで、ふと眩《まぶ》しく強烈なものが、すぐ足もとにも感じられた。空漠《くうばく》としたなかにあって、荒れ狂うものに攫《さら》われまいとしているし、径《みち》や枯木も鋭い抵抗の表情をもっていた。だが、すべてはさり気なく、冬の朝日に洗われて静まっている。
坂の中ほどまでやって来ると、視野が改まり、向うに中学の色|褪《あ》せた校舎が見えたが、彼の脚《あし》はひだるく熱っぽかった。家を出て電車で二十分、ここまで来ただけで、もうそんなに疲労するのだったが(荒天悪路だ、この坂を往かねばならぬのだ)と、彼は使い慣れぬ筋肉を酷使するように、速い足どりで歩いた。その癖、自分の魂は壊れもののようにおずおずと運んでいるのでもあった。彼には今の家に置いて来たもう一つの姿が頻《しき》りに気に懸《かか》った。それは今もじっと書斎の机に凭《よ》り、――彼方《かなた》から彼の心の隅を射抜こうとしている。戸惑った表情の儘《まま》、前屈《まえかが》みの姿勢でせかせかと歩いている姿は、かえって何か影のように稀薄《きはく》なものに想われて来る。彼は背後に、附纏《つきまと》う書斎からの視線を避《のが》れるように急い
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