無意味なことを騒ぎ廻っていた。それでなくても、彼にはこの世の中に生れて来たことが不思議に堪えがたいもののようになっていたが、学校の厭《いや》な空気はともすれば、居たたまらないものになっていた。それだから、彼はよく学校を休んだ。それは大概冬の日のことであったが、家でひとり静かに休息をとり、久し振りに学校へ出て行くと、彼の魂も、肉体もそれから周囲の様子まで少し新鮮になっていた。黒い服を着て大きな眼鏡をした先生は、彼の欠席していたことについては何も訊《たず》ねようとしなかった。
――彼は久し振りに学校へ出掛けて行く中学生のようであったが、その昔の中学生がまだ根強く心の隅《すみ》に蔓《はびこ》っているのであった。就職が決まりそうになると、女中のたつは、この生活の変化にひどく弾《はず》みをもち、靴下や手袋を新しく買いととのえて来てくれた。弁当箱も、それはこの頃既に巷から影を潜めていたが、どうやら手に入れることが出来た。
とらえどころのない空がどこまでも続いており、単調な坂路がはるかに展がっている。その風景は寒くて凍《い》てついていたが、どこかにまだギラギラと燃える海や青野の悶《もだ》えを潜
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