ょう》にリーダーを読み了《おわ》った先生は、黒い閻魔帳《えんまちょう》をひらいて、鉛筆でそっと名列の上をさぐっている。中学生の彼は息をのみ、自分があてられそうなのを心の中で一生懸命防ごうとしている。先生の鉛筆は宙を迷いなかなか指名は決まらない。やがて、先生は彼から二三番前の者にあてると、瞬間|吻《ほっ》としたような顔つきになる。先生は彼の気持は知っているのだ。孤独で内気な、その中学生に読みをあてれば、どんなに彼が間誤《まご》つき、真※[#「赤+暇のつくり」、43−15]《まっか》になるかをちゃんと呑込《のみこ》んでいたのだ。だから、どうしても指名しなければならない場合には、まるで長い躊躇《ちゅうちょ》の後の止《や》むを得ない結果のように、態《わざ》とぶっきら棒な調子で彼の名をあてる。あんな微妙な心づかいをする先生は、やはり孤独で内気な人間なのかもしれない。どうかすると、生徒たちの視線にも堪えられないような、壊《こわ》れ易《やす》いものをそっと内に抱《いだ》いているようなところがあり、それでいて、粘り強い意志を研《と》ぎ澄ましている人のようだった。……いつも周囲には獣のような生徒がいて、
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