じゃく》な体質が出足を鈍らすのであったが、着つけない服をつけ、久し振りに靴を穿《は》いて出掛ける時には、まるで大旅行に出て行くように悲壮な気持がしたものであった。……鱶の泳ぎ廻る海底の姿と黙示録の幻影がいつまでも重たく彼の心にかさなり合っていた。

 生涯のある時期に於《お》いて、教師をするということは、僕にとって予定されていたことかも知れません、とにかく、やってみるつもりです。――彼はある朝、ひっそりとした時刻に、友人に対《むか》ってこんな手紙を書いた。そしてペンを擱《お》くと、障子の硝子《ガラス》の向うに見える空が、いまどこまでも白く寒々と無限に展《ひろ》がってゆくように想えた。あの寒々とした中に、以前からこの予言は誌《しる》されていたのであろうか――近く始ろうとする教師の姿をぼんやり考えてみた。殆ど何の自信も期待も持てなかったが、それでも、そこへ強《し》いてゆくものが、たしかにあった。彼の安静な、そしてまた業苦多い、孤独の三昧境《さんまいきょう》は既にこの二三年前から内からも外からも少しずつ破壊されていた。ある時は猛然と立って、敵を防ごうとしたが、空白の中に行詰ってゆく心理は、死
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