ような熱さがまた身裡《みうち》に甦《よみがえ》って来るのでもあった。奇妙なことに、それを読んだ三年前の季節の部屋の容子とその頃の心のありさままでこまごまと彼には回想されるのであったが、それは殆ど現在の彼と異っていないようでもあった。その頃、彼は一度東京へ出て知人を訪《たず》ねようと思っていた。がたったそれだけのことが彼にとってはなかなか決行できなかった。電車で行けば一時間あまりのところにある地点が彼には無限のかなたにあるもののように想像されたし、もしかするとその都会は一夜のうちに消滅しているかもしれないと、妄想《もうそう》は更に飛躍して行った。もの音の杜絶《とぜつ》した夜半、泥海と茫漠《ぼうばく》たる野づらの涯《はて》しなくつづくそこの土地の妖《あや》しい空気をすぐ外に感じながら、ひとりでそんなことを考えていると、都会の兇悪《きょうあく》な相貌がぐるぐると胸裡を駆けめぐりそれは一瞬たりとも彼のようなものの拠《よ》りつけそうにない場所に変っていた。そこには今では、彼にとって全く無縁のものや、激しく彼を拒否しようとするもののみが満ち溢《あふ》れていた。それでなくても、顔の固疾や、脆弱《ぜい
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