うらやま》しくなるのであった。こういう静かな時刻というのも、あるにはあったのか。彼はその孤独な鳥の姿がしみじみと眼に泌《し》みるのだった。……この運動場の砂は絶えず吹き荒《す》さぶ風のために、一尺から窪《くぼ》んでしまったのです、とある教師が語ったことがある。絶えず吹き荒さぶものは風ばかりではなかった。無慙《むざん》な季節に煽《あお》られて、生徒達はひどく騒々しく殺伐になっていた。旗行列の準備で学校中が沸騰している時も、彼はひとり職員室に残りぼんやりと異端者の位置にいた。もしも、こういう時代に自分が中学生だったら……と、彼はいつもそれを思うとぞっとする。そうして、生徒たちにものを教えていながらも、ふと向うの席に紛れている己《おの》れの中学生姿を見ることがあった。異端者の言葉がすぐ、口もとまで出かかっているのであった。
[#地から2字上げ](昭和二十一年九月号『文明』)



底本:「夏の花・心願の国」新潮文庫、新潮社
   1973(昭和48)年7月30日初版発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
2002年1月1日公開
2006年2月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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