に咽《むせ》びながら、港らしいところへ這入《はい》って行く。ぎっしりと詰った旅客たちの間に挿《はさ》まれ、彼も岸の方へ進んで行くのだが、彼の旅行鞄《りょこうかばん》には小さな袋に入れた糸瓜《へちま》の種が這入っていて、その白い種の姿がはっきりと目にちらついてならない。その上、その種はある神秘な力があって、彼の固疾にはなくてはならない良薬なのだし、それを今持運んでいるということが、かぎりない慰を与えてくれるとともに、何ともいえない不安な気持をそそる。狭い暗い桟橋を渡ったかと思うと更に心細げな路《みち》が横《よこた》わり、つづいてまた水の見える場所に来ている。そうして、暫《しばら》くすると、彼はまたはてしない汽船の旅をつづけているのであった。
――夏の頃、彼は窓の下にへちまの種を蒔《ま》いて、痩土《やせつち》に生長して行く植物の姿を、つくづくと、まるで憑《つ》かれたように眺めていた。繊《ほそ》い蔓《つる》の尖端《せんたん》が宙に浮んで、何かまきつくものをさがしている、そのかぼそいもののいとなみは見ているものの心をうっとりとさせるのであったが、どうかするとかすかな苦悩をともなって来るのでもあった。この二三年彼の顔の皮膚をほしいままに荒らしている湿疹も、微妙なるものの営みではあった。それは殆ど癒《い》えかけてはいたが、ちょっとした気温の変動でも直《す》ぐに応じて来た。たとえば、雨の近い夕方、息をしているのも不思議なような一刻、微かに皮膚の下側を匐《は》い廻るもののけはいがあって、それをじっと怺《こら》えていると、今にも神経は張裂けそうになるのであった。……固疾に絡《から》まる哀《かな》しい夢をみたので、彼の心は茫然《ぼうぜん》としていたが、くるんでいる毛布の妙に生暖かいのがまた雨の近い徴《しるし》のように想えた。暫くすると、また明け方の夢が現れた。
ぎっしりと人々の押込められた乗合自動車が緩《ゆる》い勾配《こうばい》をなした電車軌道の脇を異常な緊迫感で疾走している。そこは郷里の街の一部で、少し行くと河に出る道だということが先程から彼にはわかっている。が、そういうことを考えている暇もなく、いきなり烈《はげ》しいもの音の予感に戦《おのの》く。忽《たちま》ち轟音《ごうおん》とともに自動車が猛煙につつまれた。人々はことごとく木端微塵《こっぱみじん》になっている。それなのに、彼だ
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