明るい昼の光に揺れて。……そんな筈はなかつた、あそこはすつかり焼けてしまつたのだから。またギザギザの鋏の声でわたしはびつくりしてゐた。また隙間が見えて来る。仄暗い廊下のやうなところははてしなくつづいた。……それからわたしはまたぞろぞろ動くものに押されて歩いてゐた。わたしは腰を下ろしたかつた。腰を下ろして何か食べようとしてゐた。すると急に何かぱたんとわたしのなかで滑り墜ちるものがあつた。わたしは素直に立上つて、ぞろぞろ動くものに随いておとなしく歩いた。さうしてゐれば、わたしはどうにかわたしにもどつて来さうだつた。みんな人間はぞろぞろ動いてゆくやうだつた。その足音がわたしの耳には絶え間なしにきこえる。無数に交錯する足音についてわたしの耳はぼんやり歩き廻る。足音、足音、どうしてわたしは足音ばかりがそんなに懐しいのか。人がざわざわ歩き廻つて人が一ぱい群れ集つてゐる場所の無数の足音が、わたしそのもののやうにおもへてきた。わたしの眼には人間の姿は殆ど見えなくなつた。影のやうなものばかりが動いてゐるのだ。影のやうなものばかりのなかに、無数の足音が、……それだけがわたしをぞくぞくさせる。足音、足音、ど
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