暗な長いひだるい悲しい夜の路を歩きとほした。生きるために歩きつづけた。生きてゆくことができるのかしらと僕は星空にむかつて訊ねてみた。自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ。僕を生かしておいてくれるのはお前たちの嘆きだ。僕を歩かせてゆくのも死んだ人たちの嘆きだ。お前たちは星だつた。お前たちは花だつた。久しい久しい昔から僕が知つてゐるものだつた。僕は歩いた。僕の足は僕を支へた。僕の眼の奥に涙が溜るとき、僕は人間の眼がこちらを見るのを感じる。
 人間の眼。あのとき、細い細い糸のやうに細い眼が僕を見た。まつ黒にまつ黒にふくれ上つた顔に眼は絹糸のやうに細かつた。河原にずらりと並んでゐる異形の重傷者の眼が、傷ついてゐない人間を不思議さうに振りむいて眺めた。不思議さうに、不思議さうに、何もかも不思議さうな、ふらふらの、揺れかへる、揺れかへつた後の、また揺れかへりの、おそろしいものに視入つてゐる眼だ。水のなかに浸つて死んでゐる子供の眼はガラス玉のやうにパツと水のなかで見ひらいてゐた。両手も両足もパツと水のなかに拡げて、大きな頭の大きな顔の悲しげな子供だつた。まるでそこへ捨てられた死
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