た。
 僕のなかには大きな風穴が開いて何かがぐるぐると廻転して行つた。何かわけのわからぬものが僕のなかで僕を廻転させて行つた。僕は廃墟の上を歩きながら、これは僕ではないと思ふ。だが、廃墟の上を歩いてゐる僕は、これが僕だ、これが僕だと僕に押しつけてくる。僕はここではじめて廃墟の上でたつた今生れた人間のやうな気がしてくる。僕は吹き晒しだ。吹き晒しの裸身が僕だつたのか。わかるか、わかるかと僕に押しつけてくる。それで、僕はわかるやうな気がする。子供のとき僕は何かのはずみですとんと真暗な底へ突落されてゐる。何かのはずみで僕は全世界が僕の前から消え失せてゐる。ガタガタと僕の核心は青ざめて、僕は真赤な号泣をつづける。だが、誰も救つてはくれないのだ。僕はつらかつた。僕は悲しかつた、死よりも堪へがたい時間だつた。僕は真暗な底から自分で這ひ上らねばならない。僕は這ひ上つた。そして、もう堕ちたくはなかつた。だが、そこへ僕をまた突落さうとする何かのはずみはいつも僕のすぐ眼の前にチラついて見えた。僕はそわそわして落着がなかつた。いつも誰かの顔色をうかがつた。いつも誰かから突落されさうな気がした。突落されたくなか
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