遅れがちに歩いてゐた。その婦人も婦人の夫も僕は何となく心惹かれたが、僕は何となく遠い親戚だらう位に思つてゐた。突然、婦人の夫が僕に云つた。
「君ももう知つてゐるのだね、お母さんの異ふことを」
 不思議なこととは思つたが、僕は何気なく頷いた。何気なく頷いたが、僕は閃光に打たれてしまつてゐたのだ。それから僕はザワザワした。揺れうごくものがもう鎮まらなかつた。それから間もなく僕の探求が始つた。僕はその人たちの家をはじめてこつそり訪ねて行つた。山の麓にその人たちの仮寓はあつた。それから僕は全部わかつた。あの婦人は僕の伯母、死んだ僕の母の姉だつたのだ。僕の母は僕が三つの時死んでゐる。僕の父は僕の母を死ぬる前に離婚してゐる。事情はこみ入つてゐたのだが、そのため僕には全部今迄隠されてゐた。僕は死んだ母の写真を見せてもらつた。僕には記憶はなかつたが……。僕の父もその母と一緒に僕と三人で撮つてゐる。僕には記憶がなかつたが……。僕は目かくしされて、ぐるぐるぐる廻されてゐたのだつた。長い間、あまりに長い間、僕ひとり、僕ひとり……。僕の目かくしはとれた。こんどは僕のまはりがぐるぐる廻つた。僕もぐるぐる廻りだし
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