せてゐる。僕は茫然とする。さうだ。僕はもつとはつきり思ひ出したい。あれは群衆なのだらうか。僕の念想なのだらうか。ふと声がする。
〈僕の頭の軟弱地帯〉僕は書物を読む。書物の言葉は群衆のやうに僕のなかに汎濫してゆく。僕は小説を考へる。小説の人間は群衆のやうに僕のなかに汎濫してゆく。僕は人間と出逢ふ。実存の人間が小説のやうにしか僕のものと連絡されない。無数の人間の思考・習癖・表情それらが群衆のやうにぞろぞろと歩き廻る。バラバラの地帯は崩れ墜ちさうだ。
〈僕の頭の湿地帯〉僕は寝そびれて鶏の声に脅迫されてゐる。魂の疵を掻きむしり、掻きむしり、僕は僕に呻吟してゆく。この仮想は僕なのだらうか。この罪ははたして僕なのだらうか。僕は空転する。僕の核心は青ざめる。めそめそとしたものが、割りきれないものが、皮膚と神経に滲みだす。空間は張り裂けさうになる。僕はたまらなくなる。どうしても僕はこの世には生存してゆけさうにない。逃げ出したいのだ。何処かへ、何処か山の奥に隠れて、ひとりで泣き暮したいのだ。ひとりで、死ぬる日まで、死ぬる日まで。
〈僕の頭の高原地帯〉僕は突然、生存の歓喜にうち顫へる。生きること、生きてゐ
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