冷却してゆくような装置になった。わたしは地上に落ちていたヴァイオリンを拾いあげると、それを弾《ひ》きながら歩いてみたが、わたしの霊感は緊張しながら遅緩し、痙攣《けいれん》しながら流動し、どこへどう伸びてゆくのかわからなくなる。わたしは詩のことも考えてみる。わたしにとって詩は、(詩はわななく指で みだれ みだれ 細い文字の こころのうずき)だが、わたしにとって詩は、(詩は情緒のなかへ崩れ墜《お》ちることではない、きびしい稜角《りょうかく》をよじのぼろうとする意志だ)わたしは人波のなかをはてしなくはてしなくさまよっているようだ。わたしが発見したとおもったのは衝動だったのかしら、わたしをさまよわせているのは痙攣なのだろうか。まだわたしは原始時代の無数の痕跡《こんせき》のなかで迷い歩いているようだった。

  〈更にもう一つの声が〉

 ……わたしはあのとき死んでしまったが、ふとどうしたはずみか、また地上によびもどされているようだ。あれから長い長い年月が流れたかとおもうと、青い青い風の外套《がいとう》、白い白い雨の靴……。帽子? 帽子はわたしには似合わなかった。生き残った人間はまたぞろぞろと歩
前へ 次へ
全63ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング