昔から叫びあっていたのだろうか。それだけが、僕たちの生きていた記憶ではなかったのか。だが救いは。僕にはやはりわからないのだ。お前は救われたのだろうか。僕にはわからない。僕にわかるのは救いを求める嘆きのなかに僕たちがいたということだけだ。そして僕はいる、今もいる、その嘆きのなかにつらぬかれて生き残っている。そしてお前はいる、今もいる、恐らくはその嘆きのかなたに……。
 救いはない、救いはない、と、ふと僕のなかで誰かの声がする。僕はおどろく。その声は君か、友よ、友よ、遠方の友よ、その声は君なのか。忽ち僕の眼のまえに若い日の君のイメージは甦《よみがえ》る。交響楽を、交響楽を人類の大シンフォニーを夢みていた友よ。人間が人間とぴたりと結びつき、魂が魂と抱きあい、歓喜が歓喜を煽《あお》りかえす日を夢みていた友よ。あの人類の大劇場の昂《たか》まりゆく波のイメージは……。だが(救いはない、救いはない)と友は僕に呼びつづける。(沈んでゆく、沈んでゆく、一切は地下に沈んでゆく。それすら無感覚のわれわれに今救いはないのだ。一つの魂を救済することは一つの全生涯を破滅させても今は出来ない。奈落《ならく》だ、奈落
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