人の核心のなかに灼《や》きつけられていた。人間の一人一人からいつでも無数の危機や魂の惨劇が飛出しそうになった。それらはあった。それらはあった。それらはあった。それらはあった。それらはきびしく僕に立ちむかって来た。僕はそのために圧潰《おしつぶ》されそうになっているのだ。僕は僕に訊《たず》ねる。救いはないのか、救いはないのか。だが、僕にはわからないのだ。僕は僕の眼を捩《も》ぎとりたい。僕は僕の耳を截《き》り捨てたい。だが、それらはあった、それらはあった、僕は錯乱しているのだろうか。僕のまわりをぞろぞろ歩き廻っている人間……あれは僕ではない。僕ではない。だが、それらはあった。それらはあった。僕の頭のなかを歩き廻っている群衆……あれは僕ではない。僕ではない。だが、それらはあった、それらはあった。
 それらはあった。それらはあった。と、ふと僕のなかで、お前の声がきこえてくる。昔から昔から、それらはあった、と……。そうだ、僕はもっともっとはっきり憶い出せて来た。お前は僕のなかに、それらを視つめていたのか。僕もお前のなかに、それらを視ていたのではなかったか。救いはないのか、救いはないのか、と僕たちは
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