ろんな声が僕の耳に戻ってくる。
[#天から2字下げ]アア オ母サン オ父サン 早ク夜ガアケナイノカシラ
窪地で死悶えていた女学生の祈りが僕に戻ってくる。
[#天から2字下げ]兵隊サン 兵隊サン 助ケテ
鳥居の下で反転している火傷娘の真赤な泣声が僕に戻ってくる。
[#天から2字下げ]アア 誰カ僕ヲ助ケテ下サイ 看護婦サン 先生
真黒な口をひらいて、きれぎれに弱々しく訴えている青年の声が僕に戻ってくる、戻ってくる、戻ってくる、さまざまの嘆きの声のなかから、
[#天から2字下げ]ああ、つらい つらい
と、お前の最後の声が僕のなかできこえてくる。そうだ、僕は今|漸《ようや》くわかりかけて来た。僕がいつ頃から眠れなくなったのか、何年間僕が眠らないでいるのか。……あの頃から僕は人間の声の何ごともない音色のなかにも、ふと断末魔の音色がきこえた。面白そうに笑いあっている人間の声の下から、ジーンと胸を潰すものがひびいて来た。何ごともない普通の人間の顔の単純な姿のなかにも、すぐ死の痙攣《けいれん》や生の割れ目が見えだして来た。いたるところに、あらゆる瞬間にそれらはあった。人間一人一
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