はずだったが、ときどきぼんやり立どまりそうになった。後姿はまだチラついた。
 家に戻っても落着けなかった。わたしはよほどどうかしている。わたしはよほどどうかしている。今すぐ今すぐしっかりしないと大変なことになりそうだった。わたしはわたしを支えようとした。わたしはわたしに凭《もた》れかかった。ゆるくゆるくゆるんで行く睡《ねむ》い瞼《まぶた》のすぐまのあたりを凄《すご》い稲妻《いなずま》がさッと流れた。わたしはうとうと睡りかかるとハッとわたしは弾《はじ》きかえされた。後姿がまだチラついた。青いわたしの脊髄《せきずい》の闇に……。
 わたしはわたしに迷わされているらしい。わたしはわたしに脅えだしたらしい。何でもないのだ、何でもないのだ、わたしなんかありはしない。昔から昔からわたしはわたしをわたしだと思ったことなんかありはしない。お盆の上にこぼれていた水、あの水の方がわたしらしかった。水、……水、……水、……わたしは水になりたいとおもった。青い蓮《はす》の葉の上でコロコロ転《ころ》んでいる水銀の玉、蜘蛛《くも》の巣をつたって走る一滴の水玉、そんな優しい小さなものに、そんな美しい小さなものに、わ
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