たコンクリートの窪《くぼ》みには死の異臭が罩《こも》っていた。真昼は底ぬけに明るくて悲しかった。白い大きな雲がキラキラと光って漾《ただよ》った。朝は静けさゆえに恐しくて悲しかった。その廃墟を遠くからとりまく山脈や島山がぼんやりと目ざめていた。夕方は迫ってくるもののために佗《わび》しく底冷えていた。夜は茫々として苦悩する夢魔の姿だった。人肉を啖《くら》いはじめた犬や、新しい狂人や、疵だらけの人間たちが夢魔に似て彷徨《ほうこう》していた。すべてが新しい夢魔に似た現象なのだろうか。廃墟の上には毎日人間がぞろぞろと歩き廻った。人間が歩き廻ることによって、そこは少しずつ人間の足あとと祈りが印されて行くのだろうか。僕も群衆のなかを歩き廻っていたのだ。復員して戻ったばかりの僕は惨劇の日をこの目で見たのではなかった。だが、惨劇の跡の人々からきく悲話や、戦慄《せんりつ》すべき現象はまだそこここに残っていた。一瞬の閃光《せんこう》で激変する人間、宇宙の深底に潜む不可知なもの……僕に迫って来るものははてしなく巨大なもののようだった。だが、僕は揺すぶられ、鞭《むち》打たれ、燃え上り、塞《せ》きとめられていた。
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