〈僕の頭の高原地帯〉 僕は突然、生存の歓喜にうち顫《ふる》える。生きること、生きていること、小鳥が毎朝、泉で水を浴びて甦《よみがえ》るように、僕のなかの単純なもの、素朴なもの、それだけが、ただ、僕を爽《さわ》やかにしてくれる。
〈僕の頭の……〉
〈僕の頭の……〉
〈僕の頭の……〉
 僕には僕の歌声があるようだ。だが、僕は伊作を探《さが》しているのだ。伊作も僕を探しているのだ。それから僕はお絹を探しているのだ。お絹も僕を探そうとする。僕は伊作を知っている。僕はお絹を知っている。しかし伊作もお絹も僕の幻想、僕の乱れがちのイメージ、僕の向側にあるもの、僕のこちら側にあるもの……。ふと声がしだした。伊作の声が僕にきこえた。

  〈伊作の声〉

 世界は割れていた。僕は探していた。何かをいつも探していたのだ。廃墟《はいきょ》の上にはぞろぞろと人間が毎日歩き廻った。人間はぞろぞろと歩き廻って何かを探していたのだろうか。新しく截《き》りとられた宇宙の傷口のように、廃墟はギラギラ光っていた。巨《おお》きな虚無の痙攣《けいれん》は停止したまま空間に残っていた。崩壊した物質の堆積《たいせき》の下や、割れ
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