家は焼け失せていたが、父母と弟たちは廃墟の外にある小さな町に移住していた。復員して戻ったばかりの僕は、父母の許《もと》で、何か忽《たちま》ち塞きとめられている自分を見つけた。今は人間が烈《はげ》しく喰《く》いちがうことによって、すべてが塞きとめられている時なのだろうか。だが、僕は昔から、殆どもの心ついたばかりの頃から、揺すぶられ、鞭打たれ、燃え上り、塞きとめられていたような記憶がする。僕は突抜けてゆきたくなるのだ。僕は廃墟の方をうろうろ歩く。僕の顔は何かわからぬものを嚇《かっ》と内側に叩きつけている顔になっている。人間の眼はどぎつく空間を撲《なぐ》りつける眼になっている。のぞみのない人間と人間の反射が、ますますその眼つきを荒っぽくさせているのだろうか。めらめらの火や、噴《ふ》きあげる血や、捩《も》がれた腕や、死狂う唇《くちびる》や、糜爛《びらん》の死体や、それらはあった、それらはあった、人々の眼のなかにまだ消え失せてはいなかった。鉄筋の残骸《ざんがい》や崩れ墜ちた煉瓦《れんが》や無数の破片や焼け残って天を引裂こうとする樹木は僕のすぐ眼の前にあった。世界は割れていた。割れていた、恐しく割
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