が今ここにその原子物理学の結晶たる原子爆弾の被害者となつて防空壕の中に倒れておるということ、身を以てその実験台上に乗せられて親しくその状態を観測し得たということ、そして今後の変化を観察し続けるということ、まことに稀有のことでなければならぬ。」と真理探究の本能から勃然として新鮮な興味が湧き上る。それから傷病者の救済に奔走しながら、九月に入ると遽かに原子爆弾症患者が激増して来るが――この辺の状況は広島の場合とほぼ似てゐる――遂に永井氏も前から職業病として持つてゐた原子病が再発して病床に倒れてしまふのである。既にこの著者はあとあまり長くは生きられないことが確定してゐる。が今、死床にあつて、この人は何を人類に訴へ何を叫ばうとしてゐるのだらうか。この書の終りには書いてある。
「人類は今や自ら獲得した原子力を所有することによつて、自らの運命の存滅の鍵を所持することになつたのだ。……人類よ、戦争を計画してくれるな。原子爆弾といふものがある故に、戦争は人類の自殺行為にしかならないのだ。原子野に泣く浦上人は世界にむかつて叫ぶ、戦争をやめよ。」
もしかすると人類は自分の運命を軽く小さく考へ、原子力の渦に
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