な貌をした。それで雄二もびつくりしたやうに瞬いて、顔をそむけた。恰度、その時、舟の五六間さきを家鴨がすつと泳いで行つた。雄二がハツとして、家鴨の群を見やると六七羽の家鴨は岸の方の医院の石段へ集まつてしまつた。水に浮んでゐるところをもつとよく見たかつたのだが、もう家鴨は川へは降りて来なかつた。そして、雄二が残念がつてゐるうちに、もう舟は橋へ来てゐた。
I橋を潜り抜けると、H山の見える土手に火見櫓があつた。櫓の上からホースが二すぢ釣りさがつてゐるのが灰色に見えその少し向は桜並木が黒々と渦巻いてゐた。雄二の側の岸には、今、大きな柳の樹が頭髪を水に浸して、土手から屈んでゐた。その上を軽く燕が横切つた。空高く入乱れた沢山の竹竿を束ねた家が見えて来て、そこを遠ざかつてからもまだ竹竿ばかりは屋根の上に残され、白く光つた。次いて雄二の眼の前には、大きな黒い函のやうな木造の建物があつた。ガラス窓がぽかつと口を開いてゐて、その建物は何となしに雄二には寒気がした。黒い函の脚にあたる五六本の柱は無遠慮に下の川へ突立つてゐた。その黒い函は凝と堤に頑張つて、意地悪く雄二の後をつけて来た。が、やがて、他所の屋根で
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