時も父や姉に連れられて、あのK橋の上から見下してゐたところを、これから通るのだつた。まづ、頭の上を、水道の大きな黒い管が過ぎた。それから一寸空の隙間があつて、間もなく橋の下に這入つた。橋桁を支へる石の台と台の間を舟は通つて行つた。その石の台のまはりには土があつて、黒ずんだ草が紐のやうにさがつてゐるのを雄二は不思議に思つた。水の深さを計る目盛をした白塗の棒がつき立つてゐた。その辺は深く青々としてゐた。頭の上を通つて行く下駄の音が夢のやうであつた。そして舟はK橋を抜けた。雄二は何か吻として母や皆の顔を見た。皆は黙つたまま川を眺めてゐるのだつた。日に焦けた顔をした船頭は前と変らぬ顔をしてゐた。
「気分がわるいのなら此処で下してもらふといい。」と、その時大吉は雄二にちよつと調弄ひ出した。
「馬鹿」と雄二は腹を立ててそつぽを向いた。すると向岸の橋の袂にある花嫁を描いた大きな看板が眼に映つた。その看板はこちらの岸の大学眼薬のお爺さんと対ひ合つてゐるのだつた。眼薬の看板のところには無花果の葉が黒々と茂り、石崖から水の上に影を落してゐた。間もなく、舟は牡蠣船の繋いであるところへ来た。大きな屋根のある家
前へ
次へ
全15ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング