の顔が見わけられなかつた。大吉は橋をくぐり抜けると立ててゐた叉手を振廻して一人ではしやいだ。水の上が広々として来て、潜り抜けた橋の姿全体が今は後に見えた。ドドドドドとその橋はとりとめもない呟きを残してゐた。欄杆の上の青空を自転車に乗つて走る人の白い上衣が閃いてゐた。橋の上には六七人の人影があつた。それらの人がみんな雄二の舟を見送つてゐるやうに思へた。いよいよ海へ行くのだと雄二は思つた。すると、船頭の棹の使ひ方が段々調子づいて来て、舟の速さが増して来るのだつた。棹は水に浸り砂を押しては、また水を抜けて、雫が水に落ちた。何時までもそれを見てゐると雄二は気持がだるくなるのだつた。
 舟の横から水の上の日南を渡る風が吹きつけて来た。向に三角形の洲が見えて、そこから川は二岐に分れてゐるのだつた。大きな石塊のごろごろしてゐる出鼻のところには黒い杭にあたる波が白く砕けてゐて、水は青々と深さうだつた。舟はそこにはあまり近寄らないで、川の中央を進んでゐた。雄二には出鼻の方の岸がいくらか他所のやうな気がして、反対に恰度最初出発した時の方の岸が何時までも自分の家と近いのを感じた。出鼻を過ぎると向岸には同じや
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