て、長い竹の棹を持つてゐた。舟はもうさつきの石段から大分離れてゐた。四五艘の舟やボートがまはりに浮いてゐて、今雄二達を見送るやうだつた。向岸を眺めると、上手の緑の並木の間に、石屋があつて、花崗石がキラキラ光つてゐた。その並木の上には低い山の姿が真近に見え、白い煙がしゆつしゆつと動いて行くのは今汽車が通つてゐるらしかつた。
 さつきの石段は段々小さくなつて来た。石段のところは暗く見えたが、その上の路の入口は妙に明るかつた。石段に添つて、細い銀色の水が川へ注いでゐるのを雄二は今になつて気がついた。
「そら、橋へ来た」と菊子が云つた。忽ち舟は日蔭に這入つた。そして、頭の上にゴロゴロと大きな響がするので、ふり仰ぐと、恰度S橋の裏側の天井が眺められた。たしか橋の上を今荷馬車が通つてゐるらしく、ゴロゴロといふ響と一緒にパカパカと馬の蹄の音が聞えた。舟のすぐ側には怕いやうな丸太棒がぎゆつと水から突出て、橋を支へてゐた。そのうちにパツと明るい空と同時に、橋の欄杆が見え出した。誰かが欄杆に身を屈めて、舟の方を珍しげに覗き込んでゐる顔が白く小さく見えた。が、空の明るさで眩しくて、雄二の眼にははつきりとはそ
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