船の中から船頭が出て来て、隣に繋いである舟の綱を執つて、手軽に岸の方へ引寄せた。それから舟と岸との間に板を渡した。と思ふと、その船頭は股引の儘水のなかに這入つて行つて、舟の後を押へた。父がまづ板の上を渡つて行き、舟の上で下駄を脱いだ。兄達は先に下駄を脱いで板の上を渡つて行つた。それから雄二も下駄を脱いで、真直に歩いて行つた。水のなかにゐる船頭の顔が、その時雄二の眼に映つてゐた。人の好ささうな、そして怖さうな顔だつた。舟へ足が達くと、雄二は吻として、岸の方を見た。今、姉が板の上を渡つて来るところだつた。姉が舟に乗ると、舟は少し揺れた。最後に母が渡つて来た。するとまた舟はふらふら揺れた。
雄二は真中の蓙のところへ、兄達と並んで坐らされた。先の方には父が坐り後には母と姉が坐つた。雄二がゐる場所は寝転ぶことが出来る位の隙があつた。大吉はすぐ蓙の上にあふのけになつて、空を眺めた。雄二も真似てあふのけになつてみると、青空は広々としてゐて、真上にある太陽が眩しかつた。それで目を閉ぢると、瞼の上に赤い翳が現れた。そのうちに舟がくるくる廻り出したので、雄二は起上つてみた。何時の間にか舟に船頭が乗つてゐ
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